どうもご無沙汰申し訳ない!Bassguitarのsatoshiです。
最近PCの調子が非常に悪くなりまして、デジタル音痴が自己流で修復図った結果が取り返しつかない状況にまで追い込まれ…まぁ、なんとか使えるレベルまで復活出来ました。
さて、本題。
ここ10年以上は聴く音楽の大半がJAZZやBossa Novaなどになっている。
別にRock系に飽きたとかではないのだが、Rosk系は家で聴く回数はかなり減ってきている。
Bassを担当している為かは自分でも解らないのだが、音楽を聴く上での優先順位は圧倒的にアレンジ・サウンド重視な傾向にある。
特に好む傾向にあるのは小編成のシンプルなアレンジのものだったりする。
普段自分が聴いているJazzは、例えばTrioなら3つしか音は聴こえて来ない。
しかし3つの音以上の「何か」が聴こえてくるかのような…文学で言えば「行間を読ませる」ようなイマジネーション豊かな音世界を聴かせてくれるのである。
個人的にはこれこそが音楽の醍醐味なのではないかと思っている。
自分の耳には昨今の音楽(PopsやRockなど)はアレンジ過剰だったり、メンバーの数と音数が合わなかったり、音の間を無理に鍵盤やストリングで埋めたり、逆に無駄にアコースティックに走ってみたり、人のフンドシで(サンプリングやパクリ)相撲ならぬプロレスの場外乱闘仕掛ける勢いな輩まで見受けられ、適切かつ程よいアレンジのものは結構少ない感じがしてならないのである。
G-dBでも現在までほぼ3人の音以外では演奏した事がない。
排他的な意味合いはないのだが3人だけで表現出来る余地はまだまだあると思っているので、自分としては3人で出来る限りのサウンドを繰り出したいと思っているし、その為のアイデア創出や工夫は怠りたくはないと思っている。
今日の我が家のJBL4425からはCannonball Adderley「Somethin' Else」でMiles DavisのミュートTpがむせび泣いて…秋ですわ♪
どうも。Dr.のmalです。
ここ数年、いろんな活動を通じて色々な人と知り合う事も多くなって、音楽について色々語り合うことも増えた。
その人達は決してバンドマンなどの楽器をやっている人ばかりではなく、むしろ音楽好きなリスナーさんであることが多い。
そしてその大部分が、深いor幅広いハードなリスナーである。
ハードリスナーの方々は音楽の事を良く知っていらっしゃる。
こちらがバンドをやっている事、パーカッションを叩く事を知ると、大概は音楽の話になる。
まぁ、当然の流れなのだが、「楽器が出来る人」は音楽的にスゴイ人と受け取られる。
それはそれでありがたい話なのだが、実のところ彼等に比べて自分が音楽的に優れているかというと、はなはだ疑問なのである。
確かにリズムパターンを構築したり、曲のアレンジに参加したり、ドラムやパーカッションをプレイして、創作・発信する側であることは間違いないのだが、それが即優れているかというとそうではないと思う。
「ドラムができるなんてスゴイですね。」と言われることもあるけれど、そんな時は「いや、全然スゴかないですよ。」と答えている。
世の中にどんなアーティストが居て、どんな曲をやっていて、どういうところが新しく、どういうところが独創的で・・・・などということは、彼等の持っている知識にはとうていかなわないところがあると、そういう場面になるたびに思うのだ。
G-dBはバンド仲間が極めて少ないバンドである。
そのかわり、ハードリスナーたる方々が周りに結構おられる事は幸せな事ではないかと思う。
みなさま、これからも色々な事を教えてくださいませ。
どうも、Bassguitarのsatoshiです。
バンドのカラーってそれぞれに色々。
ポップとかダークとか・・・言葉で表すのもなんだが一言で言えるものや、カラーを言い表せない程にその時々で表情を変化させるもの等、様々。
個人的にはThe Beatlesに大きな影響を受けてきているのだが、バンドとして憧れを抱くのはThe Rolling Stonesだったりするのは、バンドのカラーが明確だからかも知れない。
そのThe Rolling Stonesも長い活動の中で色々な表情は見せているが、トータルでのバンドイメージはThe Beatlesのそれに比べて明らかに統一感を持っていると思うのである。
G-dBも結成してもう10数年になりますが、カラーが見えてきたのはここ数年なのかも知れない。
勿論、それ以前から何となくそれらしいものは出来きつつあったとは思うけど。
結成からしばらくはオリジナルの曲が出来ただけで嬉しいみたいな感じで、楽曲は結構バラエティに富んでいた・・・と言えば聞こえはいいが、言い方換えれば多少とっ散らかっていた印象。それでもギターのコードカッティングとドラムの跳ねるビートをを活かした、ファンキーなイメージのカラーらしきものはなくはなかった。が、取り敢えずやってみた感は否めない。
諸事情あって若干の活動停止期間の前後より音に変化が現れ、そこから少しづつではあるが現在のバンドのカラーが出来上がってきた感じがする。ここ最近は仮に曲が出来てもそこに違和感があれば修正していき、出来上がった後でも何処かカラーに馴染まない感じのするものはやがて淘汰されていく傾向になってきている。
別に明確にバンドが目指す音世界があるのではないし、自分達の音楽を自ら縛り付けるつもりもないのだが、G-dBならではの「何か」は提示出来るよう心掛けていきたいとは常に思っている。
こんにちは。
Dr.のmalです。
先週末、ライジングサン・ロックフェスティバルに行って来た。
と、言ってもお客さんではなくて、僕の別活動であるドラムサークルの出展スタッフとして。
僕等のブースはメインのサンステージに向かって左側、オルタナティブビレッジという所だったのだが、そこからはサンステージが見えるところだったので、大体のステージは聴くか見るかはできたというところ。
当然スタッフパスなので、堂々と各ステージエリアの中には入れないのだけれど、通路を挟んでのフリーエリアでは聴くことも可能だった。
とにかく、メジャーのライブなんか普段行かないので、年に一回のチャンスとばかりにライブの空気を感じてきた。
すごいライブはやっぱり刺激になると、当たり前のことを再認識した週末だった。
疲労はまだとれないけれど。
どうも、Bassguitarのsatoshiです。
先週と今週の練習で久々に新曲作りをしてみた。
とは言え、最初はセッション程度で適当にやっていただけなんだが。
先週の段階では曲になる気配がほぼ感じられない位の手応えだったのだが、今週はちょっとのアイデアとフレーズをほんの少し足しただけでいきなり曲になる感じになってきた。
まだ歌詞もメロディもないのだが、これまでの経験で全体の大まかなアレンジが出来てる現段階でほぼ曲が出来ると思って間違いないだろう。
結成当初からほぼオリジナルでやってきているのだが、最初の頃の曲作りは大体メンバーの誰かがほぼ歌詞・メロディ・アレンジ等を作り込み、スタジオで修正・調整をしていた。
それがいつからか曲のアイデアやフレーズ、リフ等の一部を誰かが持ち込み、後はスタジオで残りの部分や構成をセッションしながら作っていくシステムが確立されていった。
スタジオで合わせつつ作っていくんで、イメージを共有しつつ、それぞれの新たなアイデアもその場で盛り込めるので、このやり方は我々には合っているのだと思う。ある程度誰かが作り込んでいるとイメージと実音の違和感が生じたり、パート毎のこだわりも反映しづらい事も起こり得る。
このやり方のもう一つの面白さは、発信元のイメージをいい意味で他のメンバーが裏切る事である。
長年一緒にやっていると「きっとこう来るだろう」「こんな感じになるはず」とさば読み出来てくるのだが、その予想を裏切る想定外のアイデアやフレーズ・構成等を提案され、思った以上の面白い曲になっていくのである。
最近の傾向では大概1曲で20~40分程度で完成するが、今回は2週に渡り曲作りしたので少々てこずった感はあるが、近々には完成すると思う。
現在はまだ新曲をmyspace等にアップするシステムを確立してないが、そのうち何らかの形で皆様のお耳に届けたいと思ってるので、気長に待っていて下さいませ。
Dr.のmalです。
よく巷のバンド、まぁ、この場合はメジャーのバンドということになるが、時たま「音楽性の違い」による解散、メンバーチェンジなどが繰り広げられる。
はて、音楽性の違いとはいったいなんぞや?と思うわけです。
G-dBは3人のバンドです。
michiro,satoshi,malの三人は、音楽性はバラバラです。
多少、共通している部分はあるにしろ、普段聴いている音楽は本当にバラバラです。
よく3人で話すのだけれど、この三人はそれぞれ音楽性という円をもっている。
そして、その3つの円が重なったところが、G-dBなんだと。
作る曲によっては、その重なりが大きさを変えているわけで、決して同じ面積を持った曲が出来るわけではない。
出来上がった曲には、それぞれがやりたいことが少なからず入っているわけで、だれか一人の音楽性に100%合うものでは決してない。
違うものがやりたければ、その人の円の重なっていない部分でやれば良いし、それはそれぞれによって好ましいものだと思う。
ただ、G-dBにはこの3人でしか出来ないものがある。
「音楽性の違い」とはいったい誰の音楽性に対して「違う」のだろう。
バンドを解散してまで、ソロ活動をして売れていないアーティストもいる。
主要メンバー2人だけ固定で、残りの二人を変えていくバンドもある。
そういうバンドは好きくないです。
自分達もそうであるからかもしれないけれど、永く不動のメンバーでやっているバンドが好きです。
実のところ、「音楽性の違い」を理由にバンドを解散するところは、音楽とは別の所の人間関係の悪化によるところが多いらしい。
なんだかなぁ。
Bassguitarのsatoshiです。
自分がベースを始めたのは、今のバンドの前の大学時代に遡る。
当時はソロも弾けないヘロへロなギタリストだったのだが、当時のVoの友人でメカ音痴のメカ好きメタル系ギタリストの加入がきっかけだった。
以前はBだったその時のDrからベースを借りてベーシストに転向した。確かアイバニーズの黒いベースをまるで自分のモノのように弾いていた。
今のメンバーで最初に集まった時もまだそのベースを弾いていたのだが、やはり自分のベースが欲しくなり、取り合えず1本買った。が、その後に今も使い続けている運命のプレシジョン(1977年製サンバースト)に出会う訳である。
購入時はDrのmalと一緒に楽器屋に行き、試奏してる横で「このベースの音でドラム叩きたい」「いい音」「勿論買うんだよね?」という悪魔の囁きと、持った時に感じた運命に負けて市場価格より遥かに格安で購入した。
ベース転向時はThe WhoやJimi Hendrix Experience、BBAにJeff Beck Groupなんかを意識したベースと、MotownやStax等のベースに憧れてそんなフレーズを目指していた。
しかし気がつくと、自分の技量とセンス、それに趣向のズレから自分の中で何か違和感を覚え・・・色々と試行錯誤の日々が訪れた。
そんなある日、Jon Spencer Blues Explosionを聴き、違和感はぶっ飛んだ!!
自分の原点はベースプレイではない。そう、The Rolling Stonesの「Jampin' Jack Flash」のリフ!!
幼い頃に歳の離れた兄の部屋から聴こえてきていたあのリフなんだと。
JSBXはベース不在、ギターのどちらかがベース的役割を担いつつもベースもギターもヘッタクレもないリフとアドリブの応酬なのである。これを応用すればベースは「音の低いリズムギター」で充分機能するのでは?試さぬ手はない!と今までのベーシストの意識を投げ捨て、今の自分のベース・・・いや低音部分担当の役割が出来た気がする。
ベーシストではなく「Bassguitar」を名乗るにも理由はあるのです。
追伸・・・
michiroファンの皆様すみません。そろそろmichiroの出番と思われたでしょうが、多忙につきブログ登場はもう少々お待ち下さいませ。
